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平成23年9月県議会定例会一般質問新田耕造オフィシャルウェブサイト

2011.10.5 category : 議会報告

平成23年9月県議会定例会一般質問(質問日: 平成23年10月 )通算17回目

 最近一冊の本を読みました。藤原正彦氏の「日本人の誇り」という本であります。幕末から昭和の敗戦に至る歴史を徹底検証し、「個より公(おおやけ)、金より徳、競争より和」を重んじる日本人の精神性が戦後なぜ失なわれたのかについて書かれています。

その原因は日本の弱体化をねらったGHQの占領政策にあり、「公に奉仕するという美徳」を軍国主義だと決めつけ「公」よりなによりも「個」を尊重することが民主主義だという巧妙な洗脳で日本の社会の分裂、モラル低下、そして今日の教育の荒廃を招いたと書いています。私が小さい頃、親父から「アメリカは日本の家族制度を破壊した。由々しき事態だ」と聞かされました。今になりやっとその意味が分かります。

故江藤淳氏はその著書「閉ざされた言語空間」“占領軍の検閲と戦後日本”の中で言論検閲のことを詳しく述べております。本書は自身がワシントンに行き一次資料からQHQの検閲の実態を調べたものです。それによるとウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム、「戦争の罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画」は日本進駐以前から周到に準備されていました。ポツダム宣言第十項が言論、宗教及び思想の自由を保障しているのに拘らず言論機関の検閲、民間人への検閲を隠蔽して行いつつ、その計画は実行されました。それは

1、昭和20年12月8日から12月17日まで毎日、戦争の真相を綴ったとされる「太平洋戦争史」が、全ての全国紙に掲載されました。歴史記述を装っていますが戦時中の対日宣伝ビラ担当者が執筆しました。後に教科書としても使用されました。

2、昭和20年12月9日から昭和23年1月まで、NHKラジオ放送で「真相はこうだ」や「真相箱」という番組を放送しました。内容は「軍国日本の犯罪と崩壊」そして民主主義の誕生を装う米軍の広報番組でありました。

3、昭和20年12月15日から大東亜戦争という呼称が一切禁止されました。これは単なる呼称の禁止ではなく、日本人の戦った戦争「大東亜戦争」はその存在と意義を抹殺され、米国人の戦った戦争、「太平洋戦争史観=勝者の歴史観」がはめ込まれました。これは単なる用語の入れ替えでなく、その戦争に託された一切の意味、戦争に至った経過、アジアの解放などの大義や価値観も入れ替えられてしまいました。広島、長崎の原爆投下、日本各地への無差別爆撃も正当化されるということです。

4、極めつけが極東国際軍事裁判(東京裁判)です。平和に対する罪、人道に対する罪という事後に出来た法概念で起訴されました。A級戦犯28名が共同謀議をして1928年から1945年までの17年間、アジアを侵略し支配下に置くため満州事変、日中戦争、太平洋戦争を起こしたというのです。この間日本では16回も内閣が代わっています。ヒトラーは1933年から1945年の12年間首相でした。ニュルンベルグ裁判の図式をそのまま当てはめた手抜き工事の裁判が行われたようです。

日本は東京裁判など戦争犯罪法廷の判決を昭和26年のサンフランシスコ講和条約で受け入れたため独立以後も最後の戦犯の釈放は昭和33年12月でした。

また、この東京裁判で出てきたのが昨今、問題なっている南京大虐殺事件です。当時の南京人口20万人のところ30万人を虐殺したとの証言も飛び出しました。当時の犠牲者数の結論は中国人の主張30万と欧米人の主張3万の間をとって12万から20万でした。しかし、戦争に至る経過のなかで中国人による日本人の虐殺などは無視されました。

江藤淳氏は「閉ざされた言語空間」のあとがきで、「GHQは日本人のアイデンティティと自己の歴史に対する信頼をあらゆる手段で崩壊させるという執拗な継続的意図があった。これが日本の言論機関と教育体制に定着され、維持されるようになると占領が終了したのちも日本人のアイデンティティと歴史への信頼はいつまでも内部崩壊をつづける。また、同時にいつ何度でも国際的検閲の脅威にさらされる。」と結んでいます。

その後の教科書問題、あるいは最近の竹島、尖閣など、我が国の対応をまるで予感していたかのようであります。

昭和30年7月19日衆議院本会議での永山忠則氏の「戦争受刑者の即時釈放に関する決議案」(各派共同提出)を読むと当時の政治家の気骨が伝わってまいります。

「近代国家における裁判は、不変の真理を持って貫く正義が判断の基礎であってこそ、その権威を保持できる。従って、その正義は戦争の勝敗を超えて厳然として存在する。いやしくも戦勝国のみが正義の行使を独占することは不合理。敗戦国もまたその正義を行使する権利がある。原爆の使用に対し、世界の世論は明らかにこれを人道に対する反逆だ。戦勝国の一方的な戦争裁判なるものが果たして国際法理論上正当なものであるか疑問である。文明国の罪刑法定主義による裁判の神聖と人権の尊重の精神よりみてまことに遺憾だ」  云々、 今日の政治家とどこか違うと感じるのは私だけでしょうか

「士(おのこ)やも空しかるべき万代(よろずよ)に 語り継ぐべき名は立てずして」

「男子たるものが空しく終わってよいものか。万代に語り継がれるに足りる名前を立てずもせず」万葉集の山上憶良(やまのうえのおくら)の歌です。曾野綾子氏が最近の著書で原発事故収拾のために、自衛隊をはじめ多くの日本人の献身的な姿を見て自然に心に浮かんだのがこの歌だったそうです。人の生涯には「生きる美学」と「終わる美学」が要る。西欧キリスト教徒は聖書。我々日本人には万葉集のようだと言っています。

「広く会議を興し、万機公論に決すべし」明治元年の五箇条のご誓文の最初の一項です。「民主主義を採用されたのは明治天皇であって、日本の民主主義は決して輸入のものではない、五箇条のご誓文から導かれた」と昭和天皇がインタビューでお答えになっています。昭和52年です。

誤解のないように申し上げますが私は皇国史観論者でもないし、反米論者でもありません。ただの愛国者であります。我々の歴史と伝統に自信をもってこの困難な時代を次の世代のため頑張りましょうと申しあげ、質問に入らせていただきます。

質問の第1点目は、教育行政についてであります。

先日、大阪府の橋下知事が率いる「大阪維新の会」が、教育行政への政治の関与を明記した「教育基本条例案」を府議会などに提出するとの報道がありました。その素案では、前文において「教育行政があまりに政治から遠ざけられ、民意が十分に反映されてこなかった。政治が適切に教育における役割を果たす」と明記され、また、本文では「知事は学校が実現すべき目標を設定し、教育委員が目標を実現する責務を果たさない場合は、地方教育行政法に定める罷免事由に該当する」と規定しています。一石を投じる形となったこの条例案については、有識者などから様々な意見が出ているようでありますが、私は、その内容はともかく、教育行政への政治の関与は一定必要であり責任もあると考えております。

我が国の戦後教育は、その定義も明確でない「教育の政治的中立」という名のもとに、歴史と伝統を否定あるいは軽視し、それによって育まれる日本人としての教育が欠如してきたと言わざるを得ません。いわゆる「東京裁判史観」に立った歴史教育が、日本人としての誇りや自信を喪失させ、また、「道徳」の軽視が、規範意識の低下や自己中心主義の蔓延を招き、さらには、「国家」の軽視が「愛国心」の希薄化を生み出すなど、日本人としての根本的なものが失われつつあるように思えてならないのであります。もはや教育の立て直しは待ったなしのところまで来ております。本気で我が国の将来を憂うならば、今すぐにでも対策を講じるべきであり、たとえ本県だけでも真剣に考えるべきです。教育は国家100年の大計とも言われ、やはり選挙で選ばれた知事や議会が一定の責任を持ち、その役割を果たすべきだと考えます。

そこで、教育行政への政治の関与について、知事はどう考えているのか質問します。

次に、教科書採択についてでありますが、来年度から中学校の新しい学習指導要領が全面実施されることから、先般、全ての教科で新しい教科書の採択が行われました。平成18年の教育基本法の改正では、教育の目標の一つとして、新たに「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」ことが定められ、これを受け、学校教育法の改正や学習指導要領の改訂が行われました。「東京裁判史観」に立った自虐的な歴史教育と決別することが強く求められているのであります。6月定例会においても「教育基本法・学習指導要領の目標を達成するため、最も適した教科書の採択を求める決議」を議決したところであります。今回、県教委では、県立高松北中学校の歴史と公民の教科書に育鵬社のものを採択しましたが、一方で、県内の市町立中学校の教科書には、育鵬社のものは全く採択されておりません。

そこで、この状況について、教育委員長はどう考えているのか質問します。

質問の第2点目は、老朽空き家対策についてであります。

先日、多度津町で、老朽化した空き家の屋根が倒壊し、その残った壁部分が隣接の町道や民家に倒れる危険性がありました。空き家の所有者に連絡が取れない中、台風が接近するという差し迫った局面で、町が応急措置として、防護柵などを設置し事なきを得ました。

建築基準法では、著しく保安上危険な建築物については、県が、除却等の措置命令や代執行ができると定められていますが、今回のような危険が差し迫ったケースでは、手続きに要する時間的な問題などがネックとなります。しかしながら、人口減少や高齢化が進展する中で、このような危険な空き家は、今後ますます増加しています。特に市街地においては、近隣住民等の生活に多大な支障を及ぼす恐れも考えられ、行政として、より積極的な対応が求められます。

そこで、市街地にあって老朽化し、著しく保安上危険な空き家などへの対応について、建築基準法の適用も含め、どのように考えているのか、知事に質問します。

また、そもそも空き家があれば、景観や治安の悪化を招くことも懸念されます。このため、今回のような危険がさし迫るまで空き家を放置して置くのではなく、もう少し早い段階で対処できるよう考えておく必要があります。

和歌山県においては、景観上支障となる既存の建築物について、その所有者に対し、除却も含め、必要な措置の勧告や命令ができるとした、全国でも先駆的な条例を制定しております。

老朽空き家の放置を防止するには、何よりも、その所有者に必要な意識を持ってもらうことが重要であるとともに、市町を含め行政は、早い段階から、その対策を講じていくことが必要であります。

そこで、本県でも、景観支障状態となっている建築物等について、除却も含め、必要な措置の勧告や命令ができる条例の制定を検討すべきだと考えますが、知事のご所見について質問します。

質問の第3点目は、移住・交流施策についてであります。

もうすぐ本格的に団塊の世代が年金生活に入ります。既に公的年金の年間支給総額は50兆円を超えております。都市に住む私の友人の中には、故郷に興味を持ち、田舎での暮らしを考えている人が少なからずいます。今後、そのニーズは、ますます大きくなると考えられます。

このため、県内経済の振興という点において、移住希望者を積極的に誘致していくことが必要だと考えます。

本県は、気候が温暖で、自然災害も比較的少ないのが特徴であります。瀬戸内海には小豆島をはじめとした島々があり、また、県南部には中山間地域も広がっています。一方で、県土面積が全国最小であるがゆえのコンパクトな生活空間にあって、道路舗装率が全国2位、道路密度も全国4位と、道路網の整備が進んでおり、県内のどこからでも車で1時間も走れば、高松などの市街地や空港、最寄駅へ行くことができます。自然豊かな場所に住みながら、都市機能も享受できるという、移住地としては大きなメリットがあると思います。

県では、平成18年から移住促進策に取り組んできており、関係市町と連携し、小豆島でのモデル事業や、瀬戸内海をテーマとした移住・交流促進策の検討などを進めるとともに、全県的な拡大を図るため、昨年3月には、「香川県移住・交流推進協議会」を設立したところであります。現在のところ、空き家バンク制度などが徐々に広がりを見せていますが、まだまだ市町間で取組みに温度差があります。また、基本的には人口減少対策として取り組んでいるためか、都市と地方の両方に住居を構える半定住型、(あるいは複住)などよりも完全移住に軸足を置いたような形になっていると思われます。完全移住に越したことはありませんが、これまでの生活を失ってしまうことに不安を感じ、躊躇している人も多いと考えられます。そういう人たちの背中を押すという意味で、半定住者を積極的に受け入れていく政策も必要と考えます。「週末ごと」あるいは「季節ごと」と、スタイルは人それぞれだと思いますが、本県で過ごしている間は、消費活動などを通じて、県内経済の振興に貢献してくれ、また、将来的には完全移住にも繋がっていく可能性があります。

その一方で、二つの住居を構えることは、その維持管理費や交通費などの費用的な負担が大きくなるため、ある程度の資力がないと難しい面もあります。従って、半定住者を増やしていくためには、それに適した空き家の活用方法や、一部の市町が実施しているような経済的負担の軽減措置などについて検討を進めていく必要があります。

そこで、半定住型の移住促進への取組みについて、知事はどう考えているのか質問します。

質問の第4点目は、豊島廃棄物等処理事業についてであります。

今定例会冒頭で、知事から全体事業費が処理対象量の増加により約330億円から約452億円ないし約467億円に増加する見込みとの報告がありました。先日、ある会社員の方から「県はいとも簡単に100億円以上もの大金を出すんだな」とか、「企業であれば、例え、見積りが甘かったとしても、一度出した以上は、そのとおりでやらなければいけないのに」などと言われ、返す言葉がありませんでした。

この問題については、先のわが党の代表質問において、知事からも反省の弁が述べられました。また、環境建設委員会においても、さらに詳細なやり取りが行われましたが、県民の関心が高いので一点だけ質問をいたします。

言うまでも無く、今回の100億円以上の負担増は、税金で賄われることになり、単純計算で、全ての県民に、1人1万円以上の負担を強いることになります。仮に、産廃特措法の期限延長がなされ、国からこれまでどおりの財政支援があったとしても、やはりその財源は税金です。

もし、同様なことが民間企業で起これば、少しでも負担減を色々考えると思います。今回の場合、新たに増えた分を、これまでと同じ方法で処理するという前提で、必要な額を算定しているようですが、豊島住民との公害調停の中で決まっている事とはいえ、県民の負担増があまりに大きすぎるのではないでしょうか。我々議員には、県民に対する説明責任がありますが、せめて追加費用を圧縮するための対策を示さなければ、理解は到底得られません。

そこで、少しでも県民の負担を減らすため、処理方法の見直しなどについて検討すべきと考えますが、知事のご所見について質問します。

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