平成21年9月県議会定例会一般質問新田耕造オフィシャルウェブサイト
平成21年9月県議会定例会一般質問(質問日:平成21年10月5日通算9回目
わが自由民主党は先の総選挙で敗北を致しました。
しかし。小選挙区で2730万(投票者の約4割)、比例区で1880万(同約3割)の方々のご支持をいただきました。
あの逆風とサッカーでいえばオウンゴールの中で、これだけ多くの皆様のご支持をいただいたということは、暗雲のなかで一筋の希望の光が差しているようであります。
小選挙区制では、実際の投票数より議席の差が多く出る傾向にあり、今回の議席数の差ほど得票数はひらいておりません。その意味でも責任の重さを感じざるを得ません。
ここは至らざるを反省し、自らを改革し、この多くの皆様のご期待に我々自民党は一丸となって応えなければならないと思うのであります。
9月16日、鳩山内閣の閣僚が宮中で天皇陛下からをうやうやしく恭しく認証状を戴いている様子がテレビに写っていました。
これを見ながら日本という国の国柄、統治のあり方を考えさせられました。
人によれば無形文化財であり、世界文化遺産なども比すべきではない天皇制度ともいわれています。
日本の天皇制を含めた統治システムは、我々日本人の先祖からの知恵である、と教えられました。「時の権力者も頭を下げざるを得ない存在を置く」という知恵であります。
いくら力やきん金、ぎん銀、ざいほう財宝があっても人は従ってくれません。人は頂点に立った時、自分で自分を正当化する訳にはまいりません。自分を超える存在から自分を正当化してもらう必要があります。そこに天皇からのお墨付きという権威が必要になります。この慣行が、現在まで続いた天皇制の所以であろうと言われています。鎌倉、室町、江戸、明治、大正、昭和、平成とこの伝統は続いています。
それは、国の統治の源泉である権威と権力を分離し、人々の伝統的な皇室への尊敬に由来する「権威」は天皇に、そして「権力」は時の将軍や首相に委ねる、という世界に例をみない政治体制であります。天皇は武力や権力を持たず伝統と文化で尊敬を得る立場に在り、実際の統治行為は将軍や首相に任せ、政争には介入しない。たとえ、政変があり体制が変わろうとも天皇を中心に国はまとまり平和と安定が続くということのようです。
もう一つ我が国の特長は、山本七平氏によると天皇家に比べると「出自は皆同じ」という意識が昔からあったのか、徳川家康でさえ大宝律令、貞永式目など古典を利用して、人々が抵抗を感じないよう前例を積み重ね、独善と見られる事を廃し、幕藩体制という、中央集権でも分権体制でもない二元体制を作り出しました。
我々日本人はどうも独裁は嫌いなようで、戦前の大日本帝国憲法下では、総理大臣は天皇の補弼として他の閣僚と同格でした。これは統帥権の独立と絡み後で問題になりましたが、現在の憲法と違い総理大臣も「同輩中の第一人者」で閣僚の任免権はありませんでした。
「政治主導」という言葉が躍っています。これは明治の太政官制度から内閣制度へ、藩閥政治から政党政治への流れの中で明治・大正・昭和と模索された道でもあります。
確かに少子高齢化時代に対応して、肥大化する官僚機構と権限、にストップをかける時であり、地方自治の拡大や公共事業の中止プログラムなど民主党の主張にも一定の理解はできます。しかし、その手法が独善化の方向にベクトルを切っているようで意志決定の透明性に危うさを感ずるのは私だけでしょうか。
最近、国益に関して、民主党がよく参考にしているイギリスの議会政治、についてのある体験をしました。
本年6月、ベルリン郊外、ポツダムのツェツィーリエンホーフ宮殿を訪れポツダム会談が行われた部屋に掲げられている二枚の集合写真、会談最初と会談終了時に見入ってしまいました。チャーチルはポツダム会談の始まりの集合写真しか写っていません。そして労働党党首のアトリーは両方に写っていました。そうです。この会議の間で選挙があり保守党から労働党へ政権交代が起こったのです。チャーチルは最初から野党党首のアトリーを次席で参加させていました。このため政権交代があってもスムーズにポツダム会談はアトリー首相に引き継がれました。外交交渉時の国益に対するイギリスの政党政治のしたたかさを見ました。
政治は人あり志であります。制度ではありません。6月議会で申し上げたように一時の熱狂が国を誤らすことがあります。浜口雄幸、井上準之助、高橋是清、戦前の彼らの生き様は今日大いに参考になります。
教条的なマニュフェスト万能の民主党政治かそれとも地域社会、伝統社会を守りつつぜんしんてき漸進的な改革政党の自民党、その戦いが始まりました。臥薪嘗胆、勇気を持って我らの政見を訴える時ではないでしょうか
さて、質問の第1点目は、国旗・国歌の教育についてであります。
先日、わが町で幼稚園の運動会がありました。最初に国旗の掲揚と国歌の斉唱が行われました。その運動場の空には万国旗が十文字にはためいておりました。政権が変われど例年と同じ風景があることに何か安堵感を感じた次第であります。
本年8月、民主党関係者が「日の丸」を切り貼りして民主党の旗を作ったという事件があり、同党は関係者を厳重注意するということがありました。
国旗、国歌は、どの国でも国家の象徴として大切に取り扱われております。国旗国歌法案での衆議院内閣委員会の参考人、現在ユーラシア21研究所理事長の吹浦忠正氏によると、世界で「国旗のない国はなく、国家がなくても国旗はある」というパレスチナのような例もあるようです。
わが国の「日の丸」、「君が代」は、歴史が古く、「日の丸」の原型はもんむ文武天皇の時代にさかのぼ遡るとされ、江戸時代は幕府の船印として使用されていました。また、咸臨丸の一行が米国ニューヨークのブロードウエイで「日の丸」で迎えられるなど、当時すでに国旗として内外で認知されていたと考えられます。一方、「君が代」の歌詞は、平安時代の「古今和歌集」などに起源をもつとされ、曲は明治になり、最初はイギリス人のフェントンの作曲の洋風の曲であり、その後明治13年に宮内省式部の林廣守、ドイツ人海軍軍楽教師のフランツ・エッケルト等によって現在の楽譜が完成されました。
オリンピックやサッカーのワールドカップで人々は国旗で声援したり、顔に書いたり、あるいは掲揚に感動をしたりします。
その反面その扱い方で紛争や事件の原因になったりいたします。
昭和33年長崎市のデパートで開催されていた日中友好協会、長崎支部主催の「中国の切手、切り絵、錦織展示即売会」で天井から吊り下げられていたご五せい星こうき紅旗が引き降ろされるという長崎国旗事件がありました。国旗の引き降ろしが日中貿易中断にまで発展し、日中関係が緊張するというという事件になりました。
我が国の刑法92条のがいこく外国こくしょう国章そんかい損壊ざい罪は「外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金」が規定されております。
しかし、我が国の国旗「日の丸」に対しての同様の規定は有りません。
では、諸外国ではどうかというと、今日、憲法で国旗について何らかの規定を持っている国は優に100を越えています。自国旗の損壊について、アメリカはもとより多くの国の刑法や国旗法でこれを厳しく戒めています。また、外国国旗の損壊については、ドイツでは2年以下の懲役又は罰金、スイスでは軽懲役又は罰金、などがあります。
邦人海外旅行者が1700万人、訪日外国人800万人と外国が身近になりました。内外の国旗や国歌の意義を学校で教えることが重要になります。そこで、日本ではどのように過去、教えてきたのか調べました、あえて大東亜戦争直前の昭和12年5月12日翻刻発行の尋常小学国語読本では、主要各国の国旗の説明に続き、
「各国の国旗は或いはその建国の歴史を暗示し、或いはその国民の理想、信仰を表すものなれば、国民の之に対する尊敬は、即ちその国家に対する中愛の情の発露なり。故に我等は、自国の国旗を尊重すると同時に諸外国の国旗に対しても常に敬意を表せざるべからず。」と昨今の教科書よりよほど丁寧に教えています。
今日のように国際化の激しい時代において、国際化すればするほど自分のアイデンティティーが問われます。「我は誰なのか」という問いに対して答えうる確固たる人格を形成する教育が必要であると思うのです。
そういう意味で、日本の伝統や文化が凝縮された、国旗「日の丸」や国歌「君が代」について、どう考え、今後、どのように教育していくか、知事並びに教育長のご所見をお伺いします。
質問の第2点目は、新政権への対応についてであります。
政治主導という言葉が日本を闊歩しております。民主党を中心とする鳩山新政権が、「脱官僚依存」を掲げ、政策立案・決定や政策遂行を「政治主導」で行う方針を示しております。
現在の小選挙区制は、政党中心の選挙制度であります。政党中心の政治体制の行き着く極端な例は中国や旧ソ連のように共産党が政府の上位にあり、すべての権限を党が掌握し、人民解放軍や赤軍という軍も党の所属という、政府より党が絶対優位の政治システムです。
小選挙区制度は中選挙区制のもとでの政治家の人物本位の選挙に比べ、公認権を持つ政党幹部へ権力が集中します。じょうい上意かたつ下達になる制度であります。そして、政党中央が決めた政策が、まさにマニフェストであります。新閣僚は、マニフェストに掲げた政策の実行を声高に訴えております。さらに、民主党が描く政治主導とは、各省庁に100人規模の国会議員を、大臣、副大臣、政務官として送り込み、各省庁の政策立案・決定は、官僚を排除し、この政務三役が行うこととしており、最近の報道などで垣間見える国家運営の姿は、これまでとは明らかに異なったものとなっております。
そして、このことにより、地方の実情を訴える声や政策提案などを政府に届けるルートが、これまでとは異なってきております。従来のように中央省庁や官僚との間で要望や政策提案をしたり、情報収集するのではなく、与党の中央に主張しなければならないのであります。
しかしながら、マニフェストに地域主権の確立と掲げているわりには、小沢氏が自ら言っていたように民主党の地方組織は弱く、地方の意見、要望や政策提案などが国の政策に反映されない可能性が大であります。新政権下において、地方の切実な声を国の政策に反映させるためには、国会議員を通じてのアプローチがこれまで以上に重要になって来ると同時に、ある時は毅然として対峙する姿勢も必要であります。県政には一日の停滞も許されません。知事は、100万県民の代表として、本県選出の国会議員にいかに働きかけ、本県の意見、要望や政策提案を国政に反映させていこうとしているのか、ご所見をお伺いします。
質問の第3点目は、地方分権への取組みについてであります。
先の質問につづき、その具体的な働きかけとして地方分権について質問いたします。
地方分権は、地方の活性化、ひいては、我が国全体の活力を取り戻すために、そして、「新しい国のかたち」を決めていくという意味でも、重要な課題であります。地方分権について、自民党政権下でも、現在の国・県・市・町・村を道州制導入の方向で議論をしてきましたが、民主党のマニフェストでは、道州制導入よりは、基礎的自治体を強化することに重点を置いた地方分権政策を掲げています。江戸時代の幕藩体制をイメージしているのか? しかし、広域自治体である都道府県が現在持っている権能をどうするのかも含めた「新しい国のかたち」の具体像がよく分かりません。要は、地方分権を推進する方針は示されましたが、予算、方法、人員、時期など具体的内容については、ほとんど決まっていないということだと思われます。私は、この新政権の現状を逆手にとって、地方にとって有意義な地方分権の具体策を積極的に提案してはどうかと思うのであります。地方分権、あるいは、地域主権国家のあり方について、地方も真剣に考え、具体的かつ建設的な提案を中央に対して行っていくことこそ、国と地方の関係を「上下・主従の関係」から「対等・協力の関係」に改める第一歩ではないでしょうか。
そこで、新政権への働きかけなども含め、県として、地方分権のあり方についてどのような考えで取り組んでいくかについて、知事のご所見をお伺いします。
質問の第4点目は、中讃地域の運転免許証更新手続についてであります。
私は、県議会議員当選以来、この問題に関して何度も質問させていただいているところでありますが、この度、小島警察本部長が着任されましたので、改めて質問いたします。
現在、中讃地域の住民は、中讃地域内で運転免許証の更新手続ができません。更新手続のために高松まで出向くことに大変不便を感じております。平成20年12月末時点で、県全体の運転免許保有人口は67万6千人余りです。このうち、東讃地域に属する東かがわ署、さぬき署管内の合計は約7万7千人で県全体の約11%、三豊地域に属する三豊、観音寺署管内の合計は約9万4千人で約14%です。東讃地域では、平成10年に運転免許東讃センターが設置されており、また、三豊・観音寺地域では、各警察署が窓口となり、いずれも地域内で運転免許証の更新手続ができるのです。一方、中讃地域に属する丸亀、善通寺、琴平署管内の運転免許保有者は合計約13万4千人で、県全体の約20%を占めているにもかかわらず、中讃地域内で更新手続ができず、不便を強いられているのです。
中讃地域の住民の多くはほとんどの日々を中讃地域で完結的な生活をおくっております。高松方面への運転はそれほど多くはありません。高松の運転免許センターに行くためには、不慣れで交通量の多い道路を運転しなければなりません。特に、高齢者などは交通事故発生の危険性が高まるのではないでしょうか。ミニバイクで行くことを想像してください。中讃地域からは、高松の運転免許センターは遠いのです。 確かに警察行政においても、合理化、効率化は必要です。
しかし、合理化のつけを住民にまわすのは止めていただきたいのです。
この問題を解決するために、私は、予讃線、土讃線の交わるJR多度津駅から2分と非常に便利な多度津交番の施設を活用した中讃地域の運転免許センターの設置を改めて強く提案いたします。現在、県は極めて厳しい財政状況にありますが、現有の施設を有効活用するということで、検討の余地はあるのではないかと考えます。また、運転免許センターができるまでの間、三豊・観音寺地域のように各警察署で更新手続を行うことができる体制整備を是非ともお願いしたいのです。
そこで、多度津交番の施設を活用した中讃地域の運転免許センターの設置も含め、中讃地域の運転免許証の更新手続の改善について、警察本部長のご所見をお伺いします。
最後に私の好きな言葉を申し上げさせていただきます
郷土の大先輩である故大平先生が私の履歴書で語った言葉
現下の困難な状況のなかで、
今ここにある「現実こそは、我々にとって唯一無二のもので、かけがえのないものである。神が無限の可能性の中から、我々に与えてくれた唯一無二の贈り物であるとは考えられないだろうか。我々はこの現実を大切にして、先ずこの状態より若干でも後退することがないよう用心深く備えるところがなければならない。他方において、少しでも改善の道がないものかと真剣に模索するところがなければならない。それ以外に分別らしい分別はなさそうに思う。」
大変含蓄のある言葉です。
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